平成の大相撲を沸かせた稀代の業師、元関脇・安美錦(あみにしき)。
長く現役を務めた彼が、8代安治川として伊勢ヶ濱部屋から独立、新たな相撲部屋「安治川部屋(あじがわべや)」を立ち上げたのは昨年12月のこと。それから約半年以上、しばらく都内ビルで仮住まいをしていましたが、去る6月16日に晴れて江東区石島に新しい建物が完成、華々しく土俵開きが行われました。というわけで遅ればせながら、現地を訪れてみることに。
気になる「看板」は美しい欅の木材を使用しており、揮毫したのは自ら「游刻作家」を名乗る、長坂ビショップ大山氏とのことです。「游刻(ゆうこく)」とは彼の造語で、脱サラ後に自己流で始めた篆刻(いわゆる石印製作)とのことですが、8代安治川との出逢いはホームページを拝見する限り2019年の現役引退時。引退記念に親方の本名「竜児」を模した游刻を制作したことが縁となり、今回の看板製作に至ったようです。
さらに「木彫刻のまち」として有名な富山県の井波で修業を積んだ欄間師の中條大基氏も加わり、見事な作品が誕生しました。長坂氏によるモダンで洗練された「書」、そして中條氏の艶やかな「刀」の美しさにより、非常にエレガントな佇まいの看板となっていると思います。また、欅の流れるような木目は安治川の「川」にも見立てているとのことで、細部へのこだわりも満載。
ちなみに建物の中には、8代安治川がかつて育った旧・安治川部屋(師匠の元横綱・旭富士である9代伊勢ヶ濱が、4代安治川時代に創設した部屋名)の看板も飾られているとのこと。稽古見学などの機会があれば、一般の方でも見ることができるかもしれません。
また新築の建物は、銀座にあるアーキテクト・ディベロッパーという会社が手掛けており、歴史的建造物などに用いられる杉板本実型枠コンクリート工法という、コンクリートに美しい木目調を浮かび上がらせる技術が採用されています。さらに若い衆が過ごす大部屋の襖絵には葛飾北斎の「富嶽三十六景」をデザインするなど、親方のこだわりが満ちた芸術性の高い空間に仕上がっているようです。
現役時代から飄々とした雰囲気で愛される一方、相撲に対する真摯な姿勢で人格者としても評価の高かった親方のもとには、続々と有望な弟子が集い、活気を増しています。
またひとつ、新たな伝統の物語が幕を開けました。これからの安治川部屋に、期待大ですね。
相撲部屋「看板」紀行
其の20 安治川部屋(東京・石島)
このたび鉄筋コンクリート4階建ての立派な新築物件が完成、1階に稽古場、2階に弟子が住み、3~4階が親方の自宅とのこと。8代安美錦は、師匠の9代伊勢ヶ濱とは叔父・甥の関係。さらに自らの甥である安櫻も現在、安治川部屋の力士。相撲どころ青森から生まれた、三代にわたる「物語」にも注目です。