2022年は「東急100周年」、さらに「鉄道150周年」も重なりエポックメイキングなメモリアルイヤー!となったのですが、実はこの周年は「東急の会社が出来て100周年」というもので、実際に電車が走った、つまり「初めて東急の鉄道が開業した」のは翌1923(大正12)年のこと。
というわけで、今年は東急(当時の名称では「目黒蒲田電鉄」)が初めて開業した鉄道、「目蒲線(めかません)」のデビューからちょうど100周年となります(写真は当時走っていた木造電車「デハ6形」の模型です)。
目蒲線、と聞いて「?」となる方も増えてきているかもしれません。目黒と蒲田を結ぶから「目蒲線」なのですが、2000(平成12)年に目黒線、そして東急多摩川線に分割されてからは、その名前は消滅してしまいました。
開業直後の9月にあの関東大震災があり、その難を逃れて新しい沿線沿いの人口は増加、今に繋がる首都圏における東急の大鉄道網の原点に。そんな目蒲線ですが、日本で初めて「通勤や通学の乗客を前提にして」つくられた鉄道としても知られています。それまでは、鉄道に求められる目的としては、離れた主要都市間を結ぶ目的、あるいは観光用、のどちらという性格が強く、そういった鉄道の出現はまさに新しい時代を見据えた私鉄会社のチャレンジだったと言えるでしょう。
つまり、日本に「通勤・通学電車」が誕生して今年で100周年(とも言える?)。
当時は画期的だった試みも、今や日常の風景に。さて、100年後には果たして・・・?