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「両国国技館」今昔物語

アバター画像2023.08.31 12:00

 現在の「両国国技館」は1985年(昭和60年)に開業した建物で、かつて国鉄の旧両国貨物駅があった場所に建設されました(建設前はバスの営業所でしたが)。ではその前は、というと少し離れた蔵前に「蔵前国技館」という建物があり、1954年(昭和29年)に完成してから(その前から仮設では運営していたようです)大相撲の興行が行われていました。ではそのさらに前は・・・となると、実は今と同じ「両国」の地に「国技館」が存在しており、つまり今の「両国国技館」は2代目にあたります。

 さて、その初代「両国国技館」。2代目国技館の前を通る、その名も国技館通りをまっすぐ行った突き当りにある、「回向院(えこういん)」の境内に建てられていました。

 もともとこの回向院で江戸時代から相撲の興行が行われていた縁もあり、1909年(明治42年)に初代両国国技館(旧両国国技館)が建設されました。その後、現在のように大相撲の興行が常設館の中で開催されるようになるのですが、その後の歩みはまさに波乱万丈。大正時代には関東大震災を含め二度火災で焼失しており、さらに戦時中は旧日本陸軍に接収されて風船爆弾工場に。そして東京大空襲で三度焼失、戦後はGHQに接収されて「メモリアルホール」に改称させられるなど、とにかく時代に翻弄され続けてきた「初代」。最終的にはGHQの接収が解除される頃にはすでに蔵前に新しい国技館が建設中であり、建物は「国際スタジアム」に売却、さらに日本大学に譲渡され「日大講堂」へと姿を変え、1983年(昭和58年)についに「解体」されるに至ります。

 そんな経緯もあってか二代目の完成当時、「両国に国技館(相撲)が帰ってきた!」とファンや地元の人たちは歓喜したと伝わっています。それから早や40年近く。建物としてはかなり高齢になってきた二代目ですが、今後はどう変遷していくのか。すべては、時の流れるままに。

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日々徒然に、書いていけたらと思います。

好きなものは鉄道(乗り鉄)と大相撲、ときどき料理です。
宜しければリュクスな立ち話の寄り道にぜひ。

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